今回は、アメリカの探偵の実態と、日本の探偵との違いなど、日米の探偵のあり方について、現状と今後の予想をご紹介します。
アメリカでのデータ照会
アメリカでは、49の州で探偵業のライセンス制度が整備されています。資格があるので、日本より探偵の社会的地位が確立されていると言えるでしょう。しかし、例外はありますが、情報ソースにアクセスできる「特別職務権限」が与えられているわけではありません。
アメリカでは、単独の個人情報保護法がありません。そのため、他の主要国に比べ、個人データの公開情報が格段に多いのです。
具体的には、以下のようなデータが、限定付きですが、公開情報となっています。
- 氏名・年齢・電話番号・住所履歴などを含む選挙人データ
- ライフラインのデータ
- 税務先取特権の記録
- 訴訟履歴
- 犯罪履歴
- 交通違反歴
- 不動産の購入記録
- 資格や免許の記録
- 陸運局や運転免許の登録記録
- ソーシャルメディアデータ
- クレジットレポートデータ
公開情報と言っても、誰でも簡単に取得できるという意味ではありません。それぞれのデータを収集するには、どこに何のデータがあり、どういう手続きをすれば公開されるか、よく知っていなければなりません。
ただし、実際には、探偵が情報ソースから直接情報収集することは稀です。それでは、探偵はどうやって情報収集するのでしょうか?
探偵業者御用達のデータ情報供給業者たち
種明かしをすると、探偵業者御用達のデータ情報供給業者(情報屋)が多数あるのです。探偵は、それらのデータベースを使い、人探しや個人信用直鎖や資産調査に必要な情報を、デスクトップ上で収集しています。
これらのデータ供給業者(情報屋)は、英語ではデータプロバイダーとかデータブローカーと呼ばれます。データプロバイダーは、探偵業者や法律事務所向けに、膨大な個人データを常に収集し、データベースを管理しています。アメリカの探偵は、通常、複数のデータプロバイダーの会員サービスを定期購読しています。ちなみに、情報屋といっても主に公開情報をソースにしている為、非合法なものではありません。
データプロバイダーは、上述したような公開情報(一部非公開情報を含む)を常に収集し、データベースをアップデートしています。データベース内では、氏名検索、住所や電話番号からの逆引き検索など、様々な検索オプションがあります。ただし、それぞれのデータ業者に長所と短所があり、一社完結というわけにはいきません。また、データベースを使いこなすためには、経験とスキルが必要です。ですから、データブローカーを定期購読しさえすれば、簡単に探偵業務ができるということではありません。
なお、アメリカ以外の西欧諸国では、日本に比べればアメリカ寄りですが、個人に関するデータはアメリカほど公開されていません。
代表的なデータプロバイダー業者
データプロバイダーは多数ありますが、以下に代表的なデータプロバイダー業者を、会員数の多い順に2つご紹介します。探偵や弁護士等の専門職者しか会員になれません。全て会員制で定期購読料がかかります。そのため一社で全てのデータプロバイダーと契約するのは大変です。用途としては、債務者や逃亡者の所在調査、採用、取引、訴訟資料の為の身辺調査等に使われます。
TLOxp
URL: https://www.tlo.com/
信用情報データベース会社のTransUnionと、探偵や警察御用達のデータブローカーだったTLOが合併してできたデータベースです。世界で10億人以上の個人情報登録があります。
IRBsearch
URL: https://www.irbsearch.com/
IRBは、探偵のみにサービスを提供するデータプロバイダーです。 探偵業界の利便性の向上を最優先したサービスを提供しています。
経歴確認の為の情報機関
次に、経歴確認の際のデータベースをご紹介します。これらは、探偵業者向けというより、採用企業向けのデータベースです。採用時の学歴や経歴の調査が、ほぼ雇用者の義務とされているアメリカでは、経歴照会もデータベース照会だけで完結します。学歴や職歴のデータを一元管理する情報機関が存在します。情報機関は、アメリカ全土の学歴や職歴情報を収集し、一元管理データベースを管理しています。
日本で言えば、貸金業法に基づく指定信用情報機関のJICCやCIC、宅建業法に基づく指定流通機構のレインズと同様のシステムです。会員の教育機関や法人は、卒業者や退職者の情報を全て情報機関に提供します。逆に、情報照会のニーズが発生した時、会員が、情報機関のデータ照会ができるという仕組みです。
National Student Clearinghouse
URL: https://www.studentclearinghouse.org/
学歴証明を円滑に行う為に設立されたNPO法人が運営する情報機関です。この機関は、アメリカのほとんどの学歴情報を集めたデータベースを管理しています。従って、会員になれば、卒業確認はデータ検索だけで済みます。いちいち学校に問い合わせる必要はありません。
EQUIFAX
URL: https://theworknumber.com/
システム自体は、The Worknumberと呼ばれます。会員法人が新規採用者を照会する為の情報機関です。会員法人は、全ての退職者の情報(氏名、ID番号、在籍期間等)をThe Worknumberに提供します。その代わり、採用候補者の経歴確認の際には、他の法人が登録したデータを照会できるわけです。いちいち前勤務先に問い合わせる手間が省けます。アメリカ全土の中規模以上の法人はほぼ、The Worknumberの会員です。従って、ホワイトカラー人材であれば、The Worknumberの検索だけで職歴確認できます。
アメリカの探偵ライセンス
次は、アメリカの探偵ライセンスについて、要点のみ説明します。州によってルールが違いますので、よくある要件の説明にとどめます。
資格要件
当然ですが、前科者や未成年者は、欠格事由になります。その他、2年制か4年制の刑事司法(Criminal Justice)学部、または、それに近い学部の大学卒業者である必要があります。
その他、4,000時間や6,000時間といった実務経験が必要です。大雑把に言うと、探偵資格者の監督下で、3年間位の実務経験が必要ということです。警察官や軍経験者であれば、実務経験の要件が免除されます。
そして、上記の資格要件を満たした上で、学科試験に合格する必要があります。学科試験は1年に1回実施されます。
ライセンス保険または営業保証金
資格取得後、探偵事務所を開業するには、ライセンス保険への加入か、または、営業保証金(供託金)の納入義務があります。ライセンス保険や営業保証金の意義は、トラブル防止と消費者保護です。
消費者との金銭トラブルや業務上の事故や過失が発生すると、ライセンス保険や営業保証金からトラブル処理の費用を負担します。それによって、消費者のリスクが担保されているわけです。概して、業界全体の信頼維持のための制度と言えます。
2年に1回の更新制度
探偵業を継続するには、2年に1回、ライセンスの更新や保険の更新があります。更新費用が発生するため、年を取って休業同然となった探偵は、更新を機に廃業する事例がよくあります。
継続教育義務
継続教育の義務もあります。州によって違いますが、2年間で12時間の教育義務というのがよくあるパターンです。
そのため、アメリカの探偵協会や継続教育の専門会社が、州の認定を受け、探偵用講座を提供しています。講座に参加すると、1時間分とか2時間分の教育義務が消化できます。義務教育なので、探偵側も探偵講座に参加せざるを得ません。その意味で、業界内の継続教育も収益事業となっています。つまらない講座をやると受講者が集まらないので、継続教育事業者も、有意義で最先端の情報を提供できるようしのぎを削っています。
探偵はアメリカの社会制度の一部
アメリカは、世界の中でも最も個人情報の規制が緩い国です。他人の住所を見つけることは意外と簡単ですが、その代わり、拳銃で自衛できるというわけです。また、危険人物に対して、すぐに制限命令が発令されます。そのようにして、社会の側が被害者を保護するシステムができています。
また、性犯罪者は再犯率が高いため、セックスオフェンダーとして、氏名、年齢、住所が公開されます。訴訟履歴や犯歴情報も原則公開されます。その意味で、危険人物や要注意人物の情報も入手でき、自衛手段があるということになります。
情報収集が比較的簡単とはいっても、素人が簡単に個人情報を入手できるわけではありません。そこで探偵業者が、市民に対して、生活安全やリスク管理のための情報収集をサポートしています。
裁判所からの特別送達も探偵の仕事
裁判所からの制限命令の特別送達(加害者への通知)に関しても、探偵が送達を担当します。加害者への送達が完了してはじめて、制限命令が有効となります。ちなみに、危険人物は、制限命令を送達した探偵に逆ギレして、よく暴れます。探偵にとって、これは意外と危険な仕事です。
また、制限命令の履歴を含む犯歴情報、訴訟歴、金融事故歴、性犯罪者情報などを調べるのが探偵の中心業務です。相続人探しも探偵のよくある仕事です。
大きな刑事事件では、国選弁護人以外に、国選探偵が選任されます。裁判所が探偵を雇い、警察の捜査に対抗させるわけです。
役所内での職場内トラブル(セクハラ、人種差別等)処理の為、探偵業者の年間契約の入札がよく行われています。
このように、アメリカでは、探偵業者の取り扱い範囲が司法・社会制度や生活に密着し、幅広いのが特徴です。
日本の探偵の社会認知向上のために
上記のように、アメリカの探偵は、人々の身近にあり、社会制度の一部となっています。そうした実態は、日本の探偵業界の今後の方向性に関して、非常に示唆に富んでいます。
日本でも、探偵や興信所の取扱業務が広がり、より身近な存在になれば、業界全体のイメージが向上します。探偵がいろんな所で多くの人を助ければ、自然と認知度上がり、業界全体が発展するでしょう。
アメリカの状況をそのまま日本に当てはめることはできません。ただし、いいところは取り入れる努力は必要です。日本の探偵が、もっと皆さんの身近な存在になるにはどうすればいいでしょうか?
この記事が、みんなでそれを考えるきっかけになれば幸いです。物語の中の探偵ではなく、実物の探偵が、子供達がなりたい人気職業になっていくことを願っています。
(この文章は、『関西総合調査業協会会報』への寄稿文を一部編集したものです。)