事件の概要
多国籍企業が、新規家電製品を日本で新発売していました。この会社は、新商品の販売促進のために一人一枚限定で、1万円相当のクーポン券を配布しました。購入者はクーポン券を入手すると、2万円の商品を半額の1万円で購入できます。そして、クーポンの配布は「2か月間限定」等の期間限定で、数度繰り返されていました。クーポンをゲットするには、顧客がオンラインフォームでMailを登録し、クーポンコードをEmailで受け取るシステムとなっていました。
転売屋がシステムを悪用
しばらくすると、目ざとい転売屋が、この仕組みを悪用するようになりました。彼らは、Gmail や Yahoo などのメールアドレスを大量に取得し、そのメールアドレスで商品のクーポンを大量に不正取得しました。そして、商品をアマゾン、ヤフーオークション、メルカリなどで転売し、荒稼ぎしました。
このスキームを実行する転売屋が複数現れた上に、この手口がおいしい副業の情報商材としてネット販売されるようになっていました。
初動調査
調査過程を説明致します。
転売屋から購入して潜入
まず最初に、転売屋のネットアカウントや情報商材を販売している売主のアカウントをオンライン上からリストアップしていきました。次に、囮捜査を実行しました。囮アカウントを使って実際に転売されている商品や転売方法を指南する情報商材を購入し、売主の情報を特定する作業です。ヤフオクやメルカリでは、売主の本名や住所が確実に公開されるわけではありません。ともあれ、クライアント企業へ転売屋のアカウント情報を報告しました。さらに、クライアント企業に、保有するクーポン取得者のデータベースにて、リストアップした転売屋の情報との照合を求めました。
転売屋の身元情報が判明
その結果、不正転売屋も最初にクーポンを取得する際は、本名で登録していることがわかりました。更に、リストアップした対象者の一人は、クーポン取得以外に家電製品のマイページにて身分証も登録されていることがわかり年齢や顔写真も取得できました。
調査対象は以下の通り、絞られました。
- 神奈川県在住のターゲット1(Amazon で本名と実住所で転売を行っている)
- 名古屋のターゲット2(転売と情報商材のネット販売を行っている)
- 大阪のターゲット3(マイページで身分証が登録されている転売屋)
ターゲット1の素行調査
ターゲットが絞られたので本格的な素行調査に移行しました。
自宅から張り込み
最初に、ターゲット1の素行調査を午前8時から開始しました。ここはターゲット1の自宅で2階建てのアパートでした。午前10時過ぎに宅配便のトラックが、ターゲット1の自宅に大量のダンボール箱を配達しました。その後、午後1時と午後3時に、さらに宅配便業者が来て、大量の段ボール箱を配達しました。ターゲット1が自宅のドアが開け、宅配業者が荷物を運び入れますが、立地的にターゲット1の姿は目視できません。ターゲット1が外出するまで調査目的の一つである人定写真の撮影ができない状況でした。
午後4時に、最後の宅配便業者がやってきました。この時、宅配業者は大量の段ボール箱をターゲット1の自宅から運び出しました。つまり、配達の宅配便が複数回来たあと、最後にその集荷の宅配業者が来たことになります。10分後、ゴミ袋を抱えたターゲット1が自宅から出ました。20代半ばくらいの男性でした。調査員は彼が持っているゴミ袋を凝視し、どこにそれを捨てるかの確認に全神経を集中させました。すると、彼は自宅のアパートの専用ダストボックスにゴミ袋を投げ入れました。調査員は、時間を開けてゴミ箱に近寄り、おもむろに捨てられたゴミの表面を撮影しました。後で、現場に戻り、ゴミの分析を行うためです。そして、歩き出したターゲット1の尾行を開始しました。
ターゲット1の尾行
彼は、その後、一仕事を終えてリラックスした様子で散策を楽しみました。次に、ショッピングモールのレストランで食事をしました。人定写真の撮影は完了しましたが、夜間の行動確認のため、調査員は尾行を継続しました。彼は本屋などで時間を潰し、その後、喫茶店に一人で入りました。誰かと合流した可能性があるため、調査員も中へ潜入しました。様子を伺うと、彼は 一人で、PC 作業をしていました。その結果、彼は午後6時から午後11時まで、喫茶店で転売のための仕入れと、Amazon やヤフオク、メルカリなどの顧客対応をしていることがわかりました。
捨てたゴミを捜査
その後、調査員は彼の自宅に戻り、ゴミを回収しました。ゴミからは転売用物品の仕入れや取引相手との通信の文面や、転売用に買い取った商品の宅配便の送り状ラベルが出てきました。これを分析した結果、ターゲット1は主にアマゾンで大量購入した商品をヤフオクやメルカリで転売して、少額の利ざやを得ているだけであることがわかりました。クーポン偽造屋、クライアント企業の製品の転売は、彼の中心業務でないことがわかり、ターゲット1は、マークから外れました。
ターゲット2(転売方法の情報商材屋)
次に名古屋のターゲット2の調査を行いました。ターゲット2は、調査の結果、転売を主業種にしているというよりも、儲け話の情報商材を専門に扱っているようでした。転売の情報のみならずパチンコ必勝法や競馬必勝法、投資必勝法など様々な儲け話の情報商材を販売していることがわかりました。ターゲット2は結局クーポン券の偽造にはほとんど関与していないことがわかりマークを外しました。
ターゲット3(ホワイトカラークリミナル)
探偵は最後にターゲット3の素行調査を開始しました。ターゲット3はクライアント企業のお得意様会員ページにも登録があり、その時に運転免許証のコピーも登録されていました。クーポン登録と会員登録の際に共通して使用されている E メールがあり、クーポン登録では住所を記入する必要がないものの、会員データとの照合で住所や顔写真が判明していました。
ターゲット3の自宅は家族向けの大型マンションで、オートロック式のため、部屋の位置も確認が難しい状況でした。クライアント企業の会員データから浮上した運転免許証の写真がありましたが、画像がやや不鮮明であるのと、身長や体格がわからず、交通手段も分からないので、人物特定に難航しそうな現場でした。
地下駐車場から車両で外出する居住者もいます。車両に乗ったまま外出されると、車両を下車した瞬間にしか、その人物の顔をはっきり見ることができません。
自宅マンションから調査開始
第1回目、早朝から素行調査を行いました。しかし、予想通り、類似した雰囲気の人物が複数あるのと、車両で外出する居住者もいたため、どれがターゲット3なのか確実な判断ができませんでした。1回目は、出入りした人物の写真や車両を記録し、終了しました。その後、他のメディアサーチで、ターゲット3の実家と思われる住所までは判明しました。ターゲット3の実家の両親が衣料品店を経営していることがわかりました。ターゲット3は、登記上、その会社の役員でした。しかし、彼がそこで勤務している様子はありませんでした。
工作による調査
素行調査のみではターゲット3の人物特定に無駄な時間がかかりそうだったので、調査員は、偽装工作による直接訪問調査を試みました。日中に直接訪問しましたが、誰も応答がありませんでした。そこで、調査員は偽装の置き手紙を残し、彼らの反応を待つことにしました。
翌日の夜に、ターゲット3から調査員のトラップ用電話回線に連絡がありました。その結果、彼の日中の連絡先である勤務先の所在地と携帯番号、そして、その日から数日の彼の行動パターンを聞き出すことができました。彼は、中堅の製造メーカーの社員であることがわかり、朝8時半頃に毎日出勤し、午後6時頃まで勤務していることがわかりました。
その翌日、探偵は朝からターゲット3の自宅で張り込みました。出勤時間から逆算して自宅を出る時間がほぼ特定できるので、この時は、すぐに本人特定ができました。彼は偽装工作で探偵が聞き出した通りの勤務先へ、午前8時半に徒歩で出勤しました。
表向きは真面目なサラリーマン
ここまでで、ターゲット3の基礎的なプロファイル情報収集がほぼ完了しました。彼は40代前半の男性で、妻と6歳の息子がいることがわかりました。その3年前に、3千万円の住宅ローンを組んで、自宅マンションを購入していました。工学系大学を卒業しており、裕福で余裕のある生活ぶりでした。それなりの社会的地位もあるため、不正転売に関与している証拠が集まれば、民事の損害賠償請求に与しやすい人物であることが窺えます。これ以降、転売屋の実態を暴く本調査となりました。
クライアント企業との協議の結果、ターゲット3が、クーポン偽造転売の主犯格である可能性が高いものと断定しました。そして、退社後の平日の行動確認調査を5日間行うことが決定されました。
携帯画面を傍受せよ
さて、調査員は勤務先までの尾行に成功した当日の夕方から、素行調査を再開しました。この日は彼は午後6時に退社し、徒歩と電車でほぼ真っ直ぐに帰宅しました。しかし、電車での移動中のほぼ40分間、ずっと携帯画面をいじってヤフオクやメルカリの買い手に対して連絡している様子が確認できました。
2日目の夜、ターゲット3が油断していることに乗じ、調査員は電車内でターゲット3の背後に密着しました。そして、調査員はターゲット3の携帯画面の傍受に成功し、ターゲット3が、クーポン偽造や転売スキームの主犯格であることがほぼ確認できました。ターゲット3は、転売屋仲間と、運営方法について意見交換しながら、組織的な転売スキームを遂行していることがわかりました。
不正転売屋の会話を傍受
そして、3日目の夜にまた動きがありました、ターゲット3は職場を出てから大阪の繁華街まで移動し、転売仲間と接触したのです。調査員は、共犯者の顔写真や身元を突き止めることに成功しました。彼らが密会のために入った喫茶店に、探偵も潜入し店内の会話の傍受にも成功しました。
調査結果
ターゲット3の携帯画面の傍受や接触者との密会の会話傍受でわかった事は以下の通りです。
- データベースのプログラムを組んで偽名のフリーメールアドレスを量産する。
- 架空のフリーメールで取得したクーポンコードで家電製品を買いに行く受け子をバイトとして雇っている。
- 複数の転売屋仲間があり、不正クーポンで仕入れた商品の売りさばきや、受け子のバイト費用などを分担し、役割に応じて利益を分配している。
4日目の調査では、ダメ押しとして、ターゲット3が、クーポン偽造や転売スキームを管理するためのデータベースプログラムを発注したIT業者を突き止めることもできました。
ターゲット3は、不正な金儲けを行っていましたが、非常に勤勉な人物です。表向きは普通に見えるような社会性のある人物でも、不正取引に手を染めている場合があります。
クライアント企業は多国籍企業ですので、報告や証拠資料を日本語と英語の併記で作成しました。オープンソースインテリジェンス、覆面アプローチ、携帯画面と会話録音を含んだ行動確認調査とクライアントとのインタラクティブなディスカッションなどすべての調査スキルを総合して、ベストな調査結果を引き出したモデルケースと言えます。