カルロス・ゴーン元日産会長は、2019年12月29日、保釈中に日本からレバノンへ逃亡しました。逃亡支援した、アメリカの親子探偵が逮捕され、2021年7月に、日本で実刑判決が確定しました。
前回の記事では、ゴーン会長を逃したアメリカの親子探偵と題して、この親子探偵について具体的な背景をご紹介しました。今回は、マイケル・テイラー (Michael Taylor)氏とピーター・テイラー (Peter Taylor)氏に関する、日本の刑事捜査について解説します。なお、マイケル・テイラー氏が活躍した本事件は、『The Last Flight』というタイトルでドキュメント映画になっています。
日本の警察や検察は保守的で、捜査資料を外部に公開しない不透明な捜査形態を続けています。しかし、捜査の透明性を担保する為には、刑事事件の証拠である捜査資料を外部に公開する必要があるはずです。この事件のように、日本で捜査資料を非公開にしていても、アメリカ側に事件捜査や犯人の身柄引き渡しを要請するなら、このようにアメリカ側で捜査資料が公開されるのです。ゴーン氏に日本の刑事捜査が人質司法だと批判されても仕方がない状況があるのが事実なのです。
ゴーン氏出国から逮捕の流れ
日本政府は、ゴーン氏がレバノンに逃亡したことを、逃亡から2日後、彼がみずから開いた記者会見報道によって知りました。日本の警察や検察はメンツが丸つぶれとなり、逃亡の経緯を一刻も早く解明する必要がありました。
ゴーン氏は、著名人ですから、一般航空便で出国できるはずがありません。ゴーン氏は、逃亡から2日後には、レバノンに現れたので、船便での逃亡の可能性も考えられません。そうなると、セキュリティチェックの甘い、プライベートジェットでの出国の線が濃厚となります。
警察は、ゴーン氏が出国した時期の、可能性のある全ての空港のプライベートジェットの出国記録を確認しました。そして捜査員は、関西空港で不審なプライベートジェットの記録を見つけます。プライベートジェットの発着は、一日あたりそう多くはないので、リストを集めること自体は、一般旅客機の出国リストをチェックするより楽なのです。
関西空港のプライベートジェットの出国記録で、警察はマイケル・テイラー (Michael Taylor) 氏とジョージ・ザイエック (George Zayek)氏の出入国記録に目をつけました。そして、彼らがゴーン氏逃亡の幇助犯であることを確信します。
マイケル・テイラー氏の肩書
テイラー氏は、グリーンベレー(特殊部隊)の元隊員だった退役軍人です。中東に派遣され、レバノンにも駐屯していました。軍を辞めてから、2000年頃から、テイラー氏は、警備会社(兼調査会社)を経営していました。
テイラー氏は、夫婦間の親権問題で、中東方面に連れてかれた子供の連れ戻し案件をFBIから頻繁に紹介してもらい、お金を稼いでいました。というのも、テイラー氏はグリーンベレー時代にレバノンに派遣されたことがあり、レバノンや中東のことに精通していたからです。FBIは中東での捜査が直接できないという事情もあり、非公式にテイラー氏に調査を委託していました。要するに、子供の親権調査の探偵業務を、中心的な活動としていたのです。
そのような背景から、ゴーン氏の妻がテイラー氏の評判を聞いて、彼にゴーン氏の救出(逃亡幇助)を依頼しました。テイラー氏の波乱万丈の半生は、これから映画化予定です。詳細が映画で描写されます。
ゴーン氏逃亡事件捜査
まず、テイラー氏の息子のピーター・テイラー氏が、ゴーン氏の顧問弁護士の事務所で、ゴーン氏と面会していたことがわかりました。
ゴーン氏は、自分報酬を過少申告したり、個人損失を会社に転嫁させるなどの背任罪の刑事訴訟を抱え、保釈中でした。
関西空港のプライベートジェットの記録から、ゴーン氏の逃亡を手助けした人物が、アメリカ国籍のマイケル・テイラーとザイエックであることがわかりました。また、ゴーン氏の弁護士事務所で、ピーター・テイラーがゴーン氏と面談していたことも判明しました。ピーター・テイラーはマイケル・テイラーの息子であることもわかりました。
ゴーン氏が逃亡するまでの数ヶ月間、マイケル・テイラーの息子のピーター・テイラーは少なくとも3回、日本に渡航しました。その間、少なくとも7回、ゴーン氏と会っていたことがわかりました。
逃亡ミッションの解明
初動捜査の段階で、ゴーン氏の逃亡を手助けしたのがテイラー親子とザイエックであることが分かりました。入管記録などで、彼らの日本での滞在先が浮上し、防犯カメラの画像解析が始まりました。
逃亡の前日である2019年12月28日、ピーター・テイラーは日本に到着しました。彼は、グランドハイアット東京の933号室にチェックインしました。そして、彼はその日の午後、ホテルのロビーでゴーン氏と会いました。ピーター・テイラーはゴーンにホテルの部屋の合鍵を渡していました。翌日、ゴーン氏はテイラーからもらったスペアキーで、9階のテイラーの部屋まで行きました。因みに、ホテルのキーカードは、自身が宿泊するフロアにしかアクセスできない仕組みになっていました。
逃亡の日(2019年12月29日)、マイケル・テイラーとジョージ・アントワン・ザイエックは、プライベートジェットでドバイから関西国際空港に移動しました。このジェット機のチャーターには35万米ドル(約4000万円)がかかりました。
マイケル・テイラー氏は、ゴーン氏の名前を搭乗者名簿に載せなくても大丈夫なチャーター機会社を探しました。さらに、日本の入管手続では、テイラーとザイエックはミュージシャンであり、大阪でのコンサートに参加するための来日であると申告されました。当然ながら、関西空港からドバイへの帰国便には、2名しか搭乗しないとされていました。プライベートジェットの関係者は、ゴーン氏が乗っていることを知りながら、目をつぶっていたことになります。
マイケル・テイラー氏の動き
マイケル・テイラーとザイエックは2021年12月29日午前10時10分頃、音楽機材ケースに偽装したブラックケースを用意して、関空に到着しました。
その後、2人はスターゲイトホテル関西空港に向かい、4009号室と4609号室にチェックインしました。偽装した音楽機材ケース2つは4609号室に置いたまま、二人はホテルを出て、東京行きの新幹線に乗りました。
ゴーン氏手ぶらで自宅を出る
マイケル・テイラー氏とザイエック氏が東京に向かっている間の午後2時30分頃、ゴーン氏は、荷物を持たずに自宅を出て、グランド・ハイアット東京まで歩き、ピーター・テイラー氏の部屋に入りました。 ゴーン氏は、事前に手荷物をホテルに配送させ、ピーター・テイラー氏がそれを受け取りました。
マイケル・テイラーとザイエックは、午後3時24分頃に東京に到着し、タクシーでグランド・ハイアットに移動し、ホテルの入り口でピーター・テイラー氏に出迎えられた後、3人はゴーン氏が待つピーター・テイラー氏の部屋に入りました。。
そして、ゴーン氏、逃亡の準備が整い、4人はゴーン氏の手荷物と共に、933号室を出ました。
ピーター・テイラー氏は、他のグループと別れて成田空港に移動し、そこで中国行きの飛行機に乗りました。
一方、ゴーン氏、マイケル・テイラー氏、ザイエック氏は、新幹線で、関西空港のスターゲートホテルへ向かいました。
ゴーン氏偽装音楽機器ケースに隠れる
午後8時14分頃、ゴーン氏、マイケル・テイラー氏、ザイエック氏の3人はスターゲートホテル関西エアポートに到着しました。ゴーン氏とザイエック氏は、音楽機材ケースがある4609号室に向かいました。 マイケル・テイラー氏は、4009号室に一度入り、その後、4609号室へ移動しました。
マイケル・テイラー氏は、午後9時頃、一人で関西国際空港に行き、ビジネスジェット施設の従業員に声をかけました。マイケル・テイラー氏は、従業員に、出発時にセキュリティチェックを受けるかどうかを尋ねたところ、従業員は「受けない」と答えました。
マイケル・テイラー氏はその後、従業員に「ヘアバンドで束ねた1万円札の束」を手渡しました。 その束は、100万円以上の現金でした。
マイケル・テイラー氏はその後、ホテルに戻りました。
午後9時57分頃、マイケル・テイラー氏とザイエック氏は、偽装した音楽機材ケース2つを含む荷物を持って4609号室を出て、関西国際空港に向けて出発しました。
ゴーン氏が4609号室を出る映像はありません。なぜなら、ゴーン氏が偽装した音楽機材ケースの中に隠れたからです。
関空のマネジャーは音楽ケースの重みにびっくり
マイケル・テイラー氏とザイエック氏は、午後10時20分頃、タクシーで関西国際空港に到着し、空港職員に荷物の運搬を手伝わせました。タクシーから荷物を降ろすのを手伝った空港管理者の一人は、箱の一つがあまりにも重かったので、同僚に冗談で「もしかしたら、箱の中に若い美女が隠れてるかもしれない」と話したと証言しています。
そのマネージャーは、マイケル・テイラー氏とザイエック氏が到着した日の朝、プライベートジェットからケースを降ろすのを手伝っていました。ケースを運び出すとき、いきなりとんでもなく重くなっていました。タクシーからケースを降ろすのに4人のスタッフでやっと持ち上げることができました。マイケル・テイラーが事前に確認していた通り、ゴーン氏の隠れていたケースは、セキュリティチェックを受けずに通過し、プライベートジェットに積み込まれました。
マイケル・テイラー氏と在エック氏は、ジェット機に乗り込み、午後11時10分頃にトルコに向けて出発しました。
マイケル・テイラー氏の武勇伝
マイケル・テイラー氏はこれまでに、1件あたり2万米ドルから200万米ドルの報酬で、親権争いの末にレバノン人の父親に拉致された少女や、春休みにコスタリカで交通事故に遭って刑務所に入ることになったティーンエイジャーの救出任務等を遂行してきました。中には計画から実行まで数年を要するものもありました。テイラー氏は「キャプテン・アメリカ」というニックネームで呼ばれていました。
まとめ
テイラー氏は、いつも、国によって善悪が反対になる二元的な世界の住人だったのです。日本からすれば、ゴーン氏逃亡幇助の犯罪者ですが、レバノンでは、ゴーン氏を、中世のような刑事司法制度の邪悪な日本から救出した救世主です。
傭兵や探偵の世界も同様のことが多いです。立場によって、善悪が分かれ、善悪をきちんと区別することができない業界です。雇用主や依頼者に忠誠を誓うのが絶対的モラルの世界です。ただし、違法行為や犯罪に加担することはできないので、合法・違法の境界線を意識しなければなりません。
ゴーン氏逃亡事件にしても、ゴーン氏は脱獄したわけではなく、保釈中のルールを破ったに過ぎません。そのため、支払った保釈金15億円を没収されました。それが罰則です。ただし、テイラー氏の刑事訴訟では、その理屈は通らず、テイラー親子は日本で実刑判決を受けたということです。