採用調査とは、採用候補者の適正を審査し、雇用後のトラブル防止・人事リスク低減を目的とした調査です。経歴詐称を行っている人物の採用は、実務の面ではもちろん、企業の信用にも大きな損害を与える可能性があります。また、雇用者保護の制度が足かせとなり、従業員の解雇には大変な労力とコストがかかります。とりわけ、海外では日本よりも経歴詐称が横行している傾向にあります。この記事では、最近増加している外国人材の採用に際して知っておきたい文化的背景と現状についてまとめました。
世界の採用調査と経歴詐称
上のインフォグラフィックは、First Advantageが発表した「2019 Top Screening Trends Report」を元に、同社が各国の採用候補者を対象に実施したスクリーニング調査のうち経歴詐称が発見された割合をマップ上に示しています。調査が行われた17カ国のうち、日本は5.47%と経歴詐称率が低い傾向にあり、全体で13位、アジアでは6カ国中5位という結果が出ています。
順位 | 国 | 経歴詐称が見つかった割合 |
1 | アメリカ | 19.22% |
2 | アイルランド | 18.10% |
3 | ポルトガル | 15.46% |
4 | アルメニア | 14.29% |
5 | チェコ | 13.94% |
6 | オランダ | 13.69% |
7 | インドネシア | 9.79% |
8 | インド | 9.61% |
9 | 香港 | 8.98% |
10 | タイ | 8.19% |
11 | ドイツ | 6.63% |
12 | ブルガリア | 5.62% |
13 | 日本 | 5.47% |
14 | ナイジェリア | 5.32% |
15 | ルクセンブルグ | 4.14% |
16 | 中国 | 3.81% |
17 | カタール | 3.37% |
なぜ国によって経歴詐称の比率が違うのか
日本や中国での経歴詐称の比率が低いというデータが出ています。日本や中国などの東アジアの人民の品格が高く、嘘をつかない優秀な民族であると定義したいところです。しかし実際は、優秀な国民性だから嘘をつかない、ということではないと思います。
経歴詐称の多い少ないを分ける要素としては、以下の2点が考えられます。
- その国の労働環境や雇用形態
- 履歴書偽造業者の普及度
以下に詳細を述べます。
労働環境や雇用形態の問題
まずは、その国における「転職によるキャリアアップのチャンスが多いかどうか」が、経歴詐称の割合の多さに影響してくると考えられます。
転職がほとんどない国では、経歴を詐称してキャリアアップする必要性もありません。例えば、中国では、最近まで厳格な共産党体制が敷かれていました。共産国では一握りの権力者を除いて、すべての国民の給与や資産が均一です。共産主義というくらいなので、競争原理ではなく、全てが共有財産という考え方ですね。一生懸命働いても、給与や資産がアップするわけではなく、経歴詐称してキャリアアップする必要性もなかったわけです。
日本独自の終身雇用制度
では、日本ではどうでしょう。日本では、つい最近まで終身雇用制度が主流で、社会人になってから再度大学へ入学するというようなキャリアパスが基本的にありませんでした。現在では、終身雇用制度が崩壊しつつありますが、未だにそれに近い雇用形態が残っていると言えます。そういう意味で、社会人になってから学位を再取得したり、転職を繰り返していく中でキャリアアップしていくという考え方は、日本ではいまだに定着していません。さらに、一流企業では学閥や縁故採用的な採用形態が色濃く残っています。
上記のような理由で、日本では経歴を水増しして、より良い条件やより高い給料を得るという発想が起きにくいのではないでしょうか。残念ながら、日本人が正直で真面目だから、経歴詐称比率が低いということではないと思います。それよりも、文化的社会的背景に起因するものでしょう。
エイジズムが蔓延している日本
日本では人事採用の際に年齢制限を設定しても問題がない国です。例えば、30歳まで、40歳までという年齢制限を設定しても差別とはみなされません。また定年退職制度もあり、一定の年齢に達した瞬間に解雇することができます。アメリカではこれは「エイジズム」という差別と認識されます。アメリカでも若手の社員を採用したいというのは企業の本音であるかもしれませんが、そうであっても採用者の年齢制限や定年退職制度を設定することができません。原則、能力を年齢によって自動測定せず、年齢には関係ないその人自身の能力を判断しようという考え方となっています。こうした文化的背景の違いも、経歴詐称の多い・少ないに影響している可能性があります。
履歴書偽造屋の実態
また、経歴詐称が増加するもう一つの原因として、履歴書偽装屋の普及が挙げられます。日本ではほとんど知られていませんが、アメリカは世界で最も、履歴書偽造代行業者が蔓延している国のひとつです。Diploma Mill/Decree Millと呼ばれる学位偽造の代行業者が無数に存在しています。実在する教育機関の卒業証明書を偽造するパターンもあります。他に架空の教育機関をでっち上げ、その学校の卒業証明書を発行するパターンもあります。
例えば、以下が、学位偽造業者がでっちあげた架空の教育機関のブラックリストを掲載しているウェブサイトです。
GetEducated Degree Mills List
https://www.geteducated.com/diploma-mill-police/degree-mills-list/
US Department of Education(アメリカ教育庁)- Diploma Mills and Accreditation
https://www2.ed.gov/students/prep/college/diplomamills/index.html
さらに、ペーパーカンパニーを設立しておき、採用候補者がそこに在籍していた記録を捏造する職歴の水増しや、採用候補者の面接の際の替え玉代行を行う悪徳な人材紹介会社もあります。オンラインでの就職面接やリファレンスチェックが普及している昨今、替え玉でも採用面接が通りやすくなっています。
採用企業がリファレンスチェックを行っても、リファレンス先の担当者が悪徳人材紹介会社の替え玉のなりすましである可能性もあるわけです。転職によるキャリアアップが当たり前のアメリカでは、履歴書偽造やなりすまし面接をしてでも高待遇のポストに就職したい採用候補者は多数存在するわけです。
繰り返しますが、アメリカでは、転職や大学への再入学で、キャリアや給与がどんどんアップする可能性のある雇用形態が主流となっています。そうした背景では、学位や過去の職歴が増えるにしたがって給与待遇もどんどんアップしていきます。ですから、履歴書偽造屋や替え玉面接屋などの悪徳業者がここまで普及しているわけです。
まとめ:リスク低減に、外国人採用にはリファレンスチェック
日本では、履歴書偽造の専門業者が普及していないこともあり、卒業証明書・資格証明書・その他証明書類の真偽を疑うという発想が出ません。しかし、国外では状況が全く違います。採用候補者本人が提出した証明書類は、偽造されている可能性があり、最初から疑ってかからなければならないのです。よって、証明書類の情報源、つまり、学校・資格認定機関・前勤務先等から直接取得した証明書類でないと意味をなさないのです。そういう意味で、日本企業は、不正がはびこる国外の採用の実情に対し免疫がありません。もちろん、採用候補者が外国籍だからといって、採用すべきではないということでは決してありません。外国人採用は、国内では採用が困難な優秀な人材に出会えたり、企業の多様性を促すなど、多くのメリットをもたらしてくれます。ただ、雇用体系や文化的背景の違いを認識した上で、適正な採用プロセスを実行していく必要があるということです。今回ご紹介した情報をもとに、外国人採用について一度見直してみてはいかがでしょうか。
Japan PIでは、国内・国外を問わず採用調査を承っております。日本国内の調査に際しても、採用調査の文化が深い海外の調査会社との協業で培った経験をもとに、詳細かつ有用な資料をお届けできます。
参考資料
アメリカの学歴確認サイト – National Student Clearinghouse
https://www.studentclearinghouse.org/
イギリスの学歴確認サイト – Hedd (Higher Education Degree Datacheck)
例えば、アメリカのテキサス州ヒューストンにある、IT企業のTHE NIGBEL GROUPは、経歴水増しや採用調査にアリバイ工作をする架空会社と言われています。