「諜報機関と探偵」の連載3回目の今回は、2019年末にカルロス・ゴーンの逃亡を幇助した元探偵マイケル・テイラーについて触れます。マイケル・テイラーは、探偵・警備業の会社を運営していたときには、アメリカの諜報期間から、中東絡みの特殊案件を受注していたプロフェッショナルでした。
カルロス・ゴーンを逃亡させた探偵
2019年末のカルロス・ゴーン逃亡事件は、まだ記憶に新しいと思います。この逃亡事件の幇助犯の米国籍であるマイケル・テイラー(Michael Taylor)は、元グリーンベレー隊員の警備・探偵業者でした。彼は、元々、中東などの危険地帯からの人質救出案件等を手掛けていました。
アメリカのCIAやFBI等から案件委託を受ける実力派ではありましたが、不正捜査や贈収賄等での前科前歴を持っていた山師でもありました。
2014年に、贈賄罪での前科のせいで、警備・探偵業の経営法人は破綻し、スポーツ飲料会社の経営で生計を立てていました。そこへ、レバノンの知り合いのつてで、ゴーン逃亡計画の相談が舞い込み、テイラーが受注することになりました。
ゴーン逃亡事件の概要
マイケル・テイラー(Michael L. Taylor 1960年10月21日生)は、息子のピーター・テイラー(Peter Maxwell Taylor 1993年2月20日生)らと共謀して、2019年、日産の元会長、カルロス・ゴーン氏をレバノンへ逃亡(脱出)させました。推定報酬は136万ドル(約1億5千万円)。
ゴーンの主張では、日本は、人質司法の起訴率99%の非民主主義的な司法制度の残る国であり、非人道的な抑圧から脱出したに過ぎないとのことです。日本は、アメリカと韓国としか、犯罪人引き渡し条約を締結していないため、ゴーンがレバノンにいる限り、手を出せません。
テイラーは、ゴーンを大型楽器ケースに入れて、プライベートジェットで日本から逃亡させました。しかし、後に、日本政府から、息子のピーターとともに犯人隠避の容疑で指名手配となりました。
2020年5月20日、油断してアメリカに戻った際、テイラー親子は逮捕されました。2021年3月2日、犯罪人引き渡し条約に基づき、日本に連行されました。2021年7月20日、東京地裁は、マイケル・テイラーに懲役2年、ピーター・テイラーに懲役1年8ヶ月の実刑判決を言い渡しました。
マイケル・テイラーの経歴
マイケル・テイラーは、ニューヨーク出身で、養父の影響で、高校卒業後アメリカ陸軍に入隊、グリーンベレーに所属。高校時代アメフトチームで活躍していました。
1982年に内戦で混乱したレバノンに派遣されます。航空機からパラシュートで敵陣に攻め込む特殊部隊に所属していた。旧東ドイツに侵攻するソ連軍を倒すため携帯核兵器を所持して敵陣に切り込む作戦にも参加しました。
1983年に除隊、ボストンに整備業兼探偵業の「アメリカン・インターナショナル・セキュリティー・コーポレーション(American international security Corp = AISC)」を設立。紛争地での要人警護、施設警備、人質救出、軍事研修とともに、片親からの子供の連れ去り案件の所在調査と子供の奪還等の探偵業務を手掛けていました。
レバノンのキリスト教軍の軍事研修の民間委託の案件が入り、テイラーはアラビア語を学びました。その後、レバノン人の女性と結婚し3人の子供をもうけました。さらに、この任務のおかげで、中東の要人達とのネットワークを構築しました。
同時に、レバノンの危険地帯に父親から連れ去られた少女の奪還作戦も手掛けました。片親による子供の連れ去りは、アメリカでは、刑事事件です。FBIが、中東での捜査を直接できないため、非公式にテイラーに捜査委託していたとも言われています。
1988年から、テイラーは、アメリカ政府の依頼で、レバノンの麻薬密売組織の潜入捜査を行いました。結果、テイラーの活躍で、アメリカ政府は1億米ドルのハシーシの押収に成功したと報道されています。
2008年には、ニューヨーク・タイムズからの依頼で、タリバンに誘拐されたジャーナリストの解放交渉に従事しました。これは、結果的に失敗に終わります。
スパイ映画のダークヒーロー
テイラーは、特殊部隊出身の肉体派で、語学力、発想力、実行力、武力を兼ね備えた、スパイ映画のダークヒーローを現実に体現した人物です。ただし、テイラーは、倫理やコンプライアンス面で崩れたところがあり、様々な疑惑や事件に関わっていました。
まず、1984年に、女性軍人に性的暴行をしたとして告発されましたが、後に告発は取り下げられました。
2008年、彼は地元の高校のアメフトチームの監督に就任し、2011年までの3年間に、弱小チームを常勝チームに導きました。しかし、その勝因は、体格が優れた選手がどんどん入学させたためであり、周囲から不審な目を向けられていました。後に、その学校は、裏金を使って体格の優れた生徒を裏口入学させていた疑惑が浮上しました。結果、そのチームは優勝を取り消され、出場停止処分を受けました。ただし、テイラーは入学事務に関する不正への関与をを否定し、この件は、疑惑のまま事件化しませんでした。
その後、テイラーは、マサチューセッツ州警察を使って、違法な盗聴を行っていましたことが明るみにでました。探偵として受任した離婚案件で、調査対象者の盗聴調査を行ったのです。盗聴で調査対象者のマリファナ使用の情報をつかみ、州警察に現場をガサ入れさせたりしました。テイラーは、2011年、盗聴関連の罪で起訴され、有罪を認めました。
2011年、国防総省から、5千4百万米ドルのアフガニスタンでの軍事訓練の契約を受けました。しかし、彼は不正入札の容疑で、テイラーはFBIの捜査を受けました。このとき、FBI職員への贈賄で事件のもみ消しを図り、それが更に事件を深刻化させました。
テイラーは、連邦調達法に違反した1件の罪と送金詐欺の1件の罪を認め、14ヶ月服役しました。テイラーの法人の銀行口座の200万米ドル(約2億2千万円)と2台のランドローバーが当局に押収されました。
ゴーン逃亡事件受注
前述の贈賄罪の有罪確定により、テイラーの警備業と探偵業の事業は破綻しました。2014年、テイラーは、低カロリーのビタミン水を原料としたスポーツドリンクの販売会社「Vitamin 1」を設立し、経営していました。
ゴーン逃亡幇助の依頼は、一攫千金の大きなヤマに目がなく、アドレナリンジャンキーのテイラーにとって、最適の仕事だったと思います。テイラーが、ビッグマネーが入るゴーン逃亡計画を断る理由はありません。
捜査資料によると、テイラーは、関西空港のプライベートジェット担当の職員達に、100万円単位の札束をちらつかせて、買収をもちかけていました。日本の職員は、賄賂を受け取らなかった模様ですが、贈賄の前科もあるテイラーのとっては、そうした買収工作はお手の物でした。
まとめ
今回は「諜報機関と探偵」連載第3回として2019年のカルロス・ゴーン逃亡事件について解説しました。次回は、2021年の米国在住亡命イラン人記者拉致未遂事件についてお届けします。
参考資料: